sweet  star  (もみじ様から頂いた誕生祝!)

sweet star

黒美嵯川沿い道を進さんと2人でランニングするようになってから、随分経つ。
走っている間は、お互い無言で地面を蹴っているけれど、いつの頃からか、キミドリスポーツの前辺りで1度足を止めて、少しだけおしゃべりする習慣が出来た。
たかだか10分くらいの間だけど、普段は別々の学校に通っていて、あまり言葉を交わす機会が持てないから、僕にとってはとても貴重で、嬉しい時間なんだ。
とりとめのないことを話し、週末に会う約束を交わして、再び走りだすのが大体いつものパターン。
でも、今日は例外。
僕は少し申し訳ない気持ちで、進さんの顔を覗き込むようにして言った。

「ごめんなさい、今週の土曜日は、お会い出来ません」
「…なぜだ? 」

そう言って眉を顰めた進さんの表情は、ちょっとだけ駄々っ子のように見えて、微笑ましい。

「まもりねえちゃんの家で、七夕飾りを作るお手伝いをするんです」

僕が答えると、進さんは少しきょとんとしたような顔になった。

「七夕、か」
「はい。まもりねえちゃんの家では、毎年笹を買って、きれいに飾り付けて、七夕パーティーをするんです」

僕もいつもお呼ばれしているんです、と説明すると、進さんは興味深げな顔つきになって、ふむ、と頷いた。

「風流なことだ。今時珍しいな」
「めずらしい…ですか」

僕は進さんの言葉を鸚鵡返しに呟いて、たしかにそうかもなあ、と思った。
今までは、当たり前のように参加してきたのでそんな意識も無かったけれど、冷静に思い返してみても、あんなに本格的な七夕飾りを他の家の軒先で見かけることはまず無い。
僕は改めて、まもりねえちゃんのお宅の凄さを思い知った。
そして同時に、進さんにもその珍しさをおすそ分けしたいという強い気持ちに駆られたのだった。

「…あの、進さん」
「? 」
「もしよかったら、進さんも一緒に七夕のお飾り作りませんか? 」

僕の提案に、進さんは驚いたようだった。
切れ長の眼を見開いて、忙しなく数回瞬かせてから、

「俺が行っても大丈夫なのか? 」

と訊ねてきた。

「大丈夫だと思います。まもりねえちゃんと進さんだって、全くの他人ってわけじゃないし、僕もいますから」

僕にしては大胆なことを言ってのけたせいで、心臓がドキドキと波打っている。
進さんは、しばらく思案顔で黙っていたけれど、最後には、

「それでは、姉崎に話を通しておいてもらおう」

と言ってくれた。
そんなわけで、今年は僕と進さんの2人で、まもりねえちゃんの家にお邪魔することになったのだった。

*

「セナ、いらっしゃい! 進くんも、どうぞ上がって! 」

僕と進さんを、まもりねえちゃんはいつもの明るい笑顔で出迎えてくれた。
進さんを駅前まで迎えに行き、まもりねえちゃんの家に案内して来たのだけれど、彼と連れ立って歩いているというだけで、子供の頃から通い慣れた道が、まるで初めて通る場所であるかのように新鮮で、なんだか胸がわくわくしっぱなしだった。
まもりねえちゃんの声を聞いてほっと一息つけたけど、それでも胸のどこかがくすぐったいような、照れ臭い気持ちは続いていた。

「今日は、突然お邪魔することにしてすまなかった」

進さんはそう言うと、お母さんに持たされたという手土産をまもりねえちゃんに差し出した。
紙袋に印刷された、雁屋、の文字を見て、ねえちゃんの顔が嬉しそうに綻んだ。
そんな2人のやり取りの傍らで、僕は靴を脱ごうと何気なく視線を足元に落とした。
と、揃えて置かれたどこかで見覚えのあるスニーカーと、インラインスケートが眼に止まる。

「あれ? これ、もしかして…」
「そうそう、モン太くんと鈴音ちゃんも来てくれてるのよ。今年は大勢で準備出来るから、いつもよりも楽しいわね! 」

まもりねえちゃんの言葉通り、リビングではモン太と鈴音が準備万端といった様子で僕たちを待ち構えていた。

「よっ! セナ! それに進先輩も、ちわす! 」
「やー! 私も来ちゃった~! 」

2人が座っているソファの前に置かれたテーブルの上には、色とりどりの折り紙や付箋といった、お飾りの材料が沢山載せられていた。
対面のソファに、僕と並んで座った進さんは、それらの1つ1つを興味深げに見詰めている。
すぐにまもりねえちゃんもやって来て、鈴音の隣に腰を下ろした。

「じゃあ、早速始めよっか! 」

ねえちゃんの言葉を合図に、めいめいが眼の前の材料に手を伸ばした。
僕は毎年のことで、いくつかのお飾りの作り方は大体覚えている。
でも、他の3人はほとんど初めての体験といってもいいくらいだから、僕やまもりねえちゃんの手元を頻りに覗き込む。
進さんも、水色の折り紙を半分に折ったまま、あとは熱心に僕の手の動きを眼で追っていた。僕が誰かに何かを教える、まして、進さんに教えるなんて、本当の本当に滅多に無いことだから、凄く緊張はしたけれど、それでも僕なりに頑張って、出来るだけ丁寧に、折り紙の折り方や、部品の付け方を説明した。
進さんは見かけによらず――と言っては失礼かもしれないけど――手先が器用な方みたいで、僕の不器用な言い方でも、すぐに要領を呑みこんでくれて、ブルーのグラデーションが鮮やかなお飾りを着々と作り上げていった。

「やー、進さん凄い上手ー! 私のどうしてこんなになっちゃったのー!? 」

そう悲鳴を上げた鈴音の手には、多分、ちょうちんを作ろうとしたのだろうと思われる、折り紙の残骸が握られていた。

「鈴音…いくらなんでも、そりゃヒドすぎだぞ! 」

モン太が呆れたように言うと、鈴音はキッとそちらを睨みつけて、

「なによおおお!! モンモンだって、さっきから何作ってもバナナにしかならないじゃない!! 」

と、モン太の前に出来た様々な色の折り紙で折られたバナナの山を指差し、反撃する。
バナナ馬鹿にすんな!! と憤るモン太を、まあまあと落ち着かせつつも、たしかにバナナは七夕のお飾りとしてどうかなあ…と思わないでもなかったり。
まもりねえちゃんも苦笑気味だ。

「ねえ、セナは!? セナはなに作ったの!? 」

興奮気味の鈴音の剣幕に押されてたじたじとなにながらも、僕は完成した小さな星型のお飾りを見せた。

「わあ! セナも上手ー! 」
「意外だな! 」
「いやあ…まあ、毎年作ってるから、ね…」

僕が思わず謙遜してそう言うと、まもりねえちゃんが何かを思い出したように、くすりと笑みを零した。

「ねえ、セナ、覚えてる? あなた、お星さまが欲しいって大泣きして、おばさまを困らせたことがあったわよね」
「…えぇ!? そ、そんなこと、あったっけ…? 」

咄嗟にとぼけたけど、実は覚えている。
とても小さい頃のことだけど。
近所のお兄さんに借りた天体望遠鏡で星を見て、あまりにもピカピカして綺麗だったから、どうしても欲しくなっちゃったんだっけ。

「あったわよ! アレ取ってって、空を指差して駄々こねてたじゃない! 」
「ちょ、まもりねえちゃん…!! 」
「へえぇ、セナにそんな過去が…」
「かっわいいー!! 」

悪気の無いまもりねえちゃんの言葉に、モン太と鈴音がニヤニヤしながら顔を見合わせている。
幾ら子供の頃の話だからって、こういうのはかなり恥ずかしい。
まして、今日は進さんがいるっていうのに…!
額の辺りがかっと熱くなって、薄く汗ばんでくる。
おそるおそる進さんの方を窺うと、僕をじぃっと直視する切れ長の瞳にぶつかって、余計にいたたまれない気持ちになってしまった。

「あ、あの、今の話は、ちょっと大袈裟で…」
「小早川は、星が好きなのか? 」

進さんの質問が、僕のしどろもどろな言い訳を遮った。

「いえ、その、好きっていうか、…キレイだなって思ってて…」

僕がそう答えると、進さんは、ふむ、と何かを合点した時のように頷いた。
そして、まもりねえちゃんに、

「姉崎、先ほど渡したものなのだが、ここに中身を持って来てはもらえまいか」

と唐突なお願いをしたのだった。
まもりねえちゃんは不思議そうな顔をしたけれど、いいわよ、と立ち上がりキッチンへと向かっていった。
一体どうしたんだろう、と鈴音やモン太と一緒に首を傾げていると、まもりねえちゃんが、お盆を手に満面の笑みを浮かべていそいそと戻って来た。

「セナ、よかったわね! 」

そう言いながら、まもりねえちゃんはテーブルの空いたところにお盆を置いてみせた。

「やー!! ほんとだ! セナ、よかったじゃん! 」
「おお、これぞナイスタイミングってやつだな! 」

はしゃぐ2人につられて覗き込んでみると、そこには星型の容れ物に入ったゼリーが並んでいた。
透明なガラスで出来た容れ物は、そこに入れられた薄いピンクやオレンジの色彩にほんのり彩られ、見た目にもとても可愛らしくて、涼しげだ。
出来あがったお飾りや、散乱した折り紙の切れ端で、テーブルの上はいろんな色が渦を巻き、洪水のようになっていて、その間に置かれた星型のゼリーは、まるで天の川の雫がそのまま落ちて来たみたいだった。

「これ、雁屋の夏季限定ゼリーよね?! 進くんたら、意外と通ね! 」
「いや、これは母が選んだ」
「進さんのママさん、よく分かってる~! 」

まもりねえちゃんと鈴音は、手を叩いて大喜びだ。
宝石箱をひっくり返したような情景に引き込まれていた僕は、2人の歓声にはっとして、進さんの方を振り向いた。

「気に入ったか? 」
「…あ、はい…」

すると進さんは、そうか、と呟くように言って、唇の端をほんの少しだけ引き上げたのだった。

「さあ、冷たいうちにいただきましょう! 」

まもりねえちゃんに促され、僕はスプーンでゼリーをすくい上げた。
ひとくち含むと、舌の上で微かに震えてから、淡雪のように溶けていく。
星のかけらは、ほんのりとイチゴの味がした。

FIN.

 

特設倉庫」のもみじ様から誕生祝に頂きました~!!落ち着いた可愛い進セナ!!進の誕生日前の話なんですね~。

七夕も立派に恋人達のイベントになるんですね!!←ちょっと違わないか?w

まもりねえちゃんやモン太、鈴音もほほえましくVvv 原作の匂いのする可愛いお話をありがとうございます!!

こういう話大好きなので(自分では描けないしw)、めちゃめちゃうれしいですー!!これからもよろしくお願いいたしますーVvv

2010年7月29日UP

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